業績V字回復の秘訣はV6に学べ!

中小企業診断士のADACHISAEKOです。

このサイトは数々の企業の経営支援をしてきた経験を持つ中小企業診断士がV6をテーマに

業績V字回復の秘訣を語っていくビジネスブログです。

V6と言っても、V6気筒エンジンのことではありません。(それはそれでおかしい。。。)

ジャニーズのアイドルグループV6です!

ビジネスブログなのにジャニーズ?wwwと笑ったそこのあなた!

これを聞いても笑っていられますか?


一時は、CD売上が全盛期の10分の1ほどまでに落ち込み、グループとしては全国ネットでの
レギュラー番組もゼロ。

数年前には「終わったアイドル」と揶揄されるような状況に陥っていたV6。


しかし、今、TV情報誌などはV6を表紙に起用すれば売上が明らかに伸びるそうです。
そして、4年半ぶりに発売されたオリジナルアルバムも10年ぶりにオリコン1位を獲得する
など売り上げは非常に好調です。
 

その裏にはそれなりの仕掛けがあったはず。。。

ほら、気になって来たでしょ?


V6の人気復活には、ライフサイクルの衰退期を迎えた商品・サービスが
再び日の目を見るためのヒントがたくさん隠されています。


楽曲やステージを作るというのは何もないところから形あるものを作るということであり、芸能は
サービス業でありながら「モノ作り」の要素が強い業種でもあります。
そして、V6の取り組みはメンバー(演者)、スタッフがこだわりを持って丁寧に作り込んでいると
いう感があり、まさに日本のモノ作りが生きている場と言っても過言ではない
と思います。


V字回復としか言いようがないV6の売上について詳細に分析することで、
業績向上や経営改善、そして、日本のモノ作り企業の復活、復権へのヒ
ントにして頂けたらと思います。

 

個人的な野望としては、ジャニーズ事務所様やエイベックス様のご協力を頂き、このブログの内容に
メンバーやスタッフの方々のコメントを追記した完全版を書籍として出したい!と思ったりしております。。。(爆)

 

本ブログでは敬称を略しています。
                                    
. 
 

3. 新たなポジショニングを可能にした6人の関係性

2018/07/02 4:26 に 足立管理者 が投稿   [ 2018/07/02 18:22 に更新しました ]

デビューに当たって、突然集められた6人。

しかも、最年長の坂本と最年少の岡田の年齢差はなんと10歳。
それまでのキャリアも一番古い長野がすでに事務所への入所から9年が経過して
いた一方、岡田は入所からたった3カ月という大きな差があった。

当時、人気を牽引したのは、デビュー前のジャニーズJr.時代、剛健コンビと呼ばれ、既存の
デビューグループと遜色のない人気を誇っていた森田と三宅。
そのため、デビュー当初はこの二人に頬の赤い美少年、岡田を加えたグループ内ユニット
Coming Century(通称:カミセン)」が常に前に押し出され、年長組の坂本、長野、
井ノ原
で構成される20th Century(通称:トニセン)」はまるでカミセンの引き立て役の
ような扱いだった。

例えば、CDジャケットの写真の大きさが全く違う、「Coming Century」の名称はV6デビュー時に
付けられていたものの、「20th Century」という名称は数年経ってから付けられた、仕事場へ行
く際、カミセンの3人は自宅まで迎えがあったが、トニセンの3人は渋谷集合だったなどなど、
格差エピソードには事欠かない。

これらは、現在、「今だから笑えるネタ」としてバラエティ番組等での定番ネタとなっているぐらいだ。
 

そんな環境下にあったため、最初からグループとしての結束
が固かったわけではない。

当時、1516歳でやんちゃ盛りだった森田と三宅。そして、右も左もわからないほとんど素人の
中学生だった岡田。
そんな
3人に対して、24歳のリーダー坂本は指導者のような立場であり、
現場でのあいさつなど礼儀作法からパフォーマンス内容まで厳し
く躾けていた
と言う。
そのため、森田などは大きな不満を抱いていたようで、後年、「(坂本を)いつかはヤってやろうと
思っていた」と告白している。


そのような中で、
厳しい「父親」のような坂本を支え、場の空気を和らげていたのがいつも穏やか
グループの「母親」的存在の長野だ。
当時を振り返り、岡田は20周年のコンサートのMCで「(ほかのメンバーは大先輩で怖かった)優しか
ったのは長野マンだけ」と語っている。


そして、そんないわば「親」的存在である坂本、長野と
「子供」であるカミセンを結び付けたのが、
年齢的にちょうど中間に当たる井ノ原だ。小学6年生でジャニーズ入りした彼は、坂本や長野に弟の
ように可愛がられていた一方、森田、三宅とは直の先輩後輩として交流があったという。
上下両方と良好な人間関係を築いていた井ノ原が潤滑油となってメンバー同士の連帯
感が醸成されて行ったのだ。

 

そんな6人は今、自分たちを指して、「他人、友達、家族、仲間のどれにも当て
はまらない、言葉にできない関係で、このまま続いて行くのだろう」
だと語っている。
20周年の際に6人で作詞した「~此処から~」の詩より)

 

そうは言っても、6人のメンバーそれぞれはプライベートでの交流はほとんどないらしい。
悪意のゴシップ誌等はそれを持って、彼らが不仲であると書き立てることもあるが、決してそうではない。
彼らは、自分たちの関係をプロフェッショナルとして
互いに尊敬し合っており、同じ方向を目指し切磋琢
磨する仲間であると様々なインタビューで答えている。


言うまでもなく、彼らは仕事仲間であり、プライベートな友人同士ではない。
だから、私生活で関わりがなくても驚くことではない。
逆を言うと、それを「仲が悪い」という人は仲の良い同僚とプライベートでもべったりなのだろうか?
そんなことはないはずだ。
 

どんな職業でもそうだが、良い仕事をするためにはお互いの信頼感を築いた上で同じ目標に
向かって力を合わせることが何より重要
あり、そういう関係性がV66人には
しっかりと出来上がっているように見える。

いわばは戦友のような強い信頼感、絆に裏打ちされた特別な関係だ。 

実際、芸能界は極めて競争の激しい業界だ。
また、ジャニーズはそんな業界の中でもメディアに目の敵にされ、競合する芸能事務所からの激しい攻勢
にも晒されている。
そんな中で20年以上に渡って第一線で活躍するにはメンバー、そして、担当スタッフの結束が
何より大事なことは一目瞭然だ。
少しでも足並みが乱れれば、そこを突かれて潰されてしまう。

今から思えば、2010年頃の激しい「解散報道」は、方向性を見失いつつあった彼らの隙を狙った外部から
の攻撃だったのだろう。
そうした敵意に対して、彼らは一丸となって戦い打ち勝ってきたと言える。

 

彼らは後のインタビューでグループを長く続けるためには個々がその意思を持ち続け、グループ維持に
向けたコミュニケーションの強化を含む多くの努力をすることが必要だというような趣旨の発言をしている。
それはもう、単に仲が良いとか悪いとか言う次元の話ではない。
逆に言うと、エンターテインメント市場において、V6という存在を賭け
た戦いに共に挑む特別な仲間という意識が強いからこそ結束が強ま
ったのだろう。

 
そうした独特の関係性こそが、「可愛くて、でも、実は職人気質で歌も
踊りも超ハイレベルのプロ集団」という今の彼らのポジショニングを支
えている根幹と言えるのではないだろうか。

2. CD売上データで見るV6の盛衰とV字回復

2018/06/02 18:34 に 足立管理者 が投稿   [ 2018/06/02 18:57 に更新しました ]

V6がデビューした1995年はまだ、いわゆる「CDが売れる時代」だった。
デビュー曲「
MUSIC FOR THE PEOPLE」は初週売上枚数が187,240
続く「
MADE IN JAPAN」では同295,820枚といきなり10万枚以上も売上枚数を増やしている。
そして、
最大のヒットとなった5作目「愛なんだ」は初週売上が340,280枚、
累計では
584,620
となっている。

 

2000年までは作品による波はあるものの、20001025日発売の17作目「CHANGE THE WORLD
までの初週売上枚数の平均は199,514枚と20万枚に近い。ちなみに、この時代は今のようなジャケット
写真や収録内容を変えた多形態展開はなく、1種類のみが発売されていた。
つまり、全く同一の商品がこれだけの数売れていたということである。



なお、ビジネスの世界には「製品ライフサイクル」という考え方がある。これは製品が市場
に登場してから売れなくなるまでの間を指し、時間の経過と売上高あるいは利益の推移
から製品の立ち位置を示す。製品ライフサイクルは導入期、成長期、成熟期、衰退期の
4つに分けられ、通常、図のようなS字カーブを描く。



衰退期に入った商品はリニュアルや後継機種を出すことなど再び新たな製品ライフサイクル
を描けるようテコ入れするのが通常である。

V6CD売上はこの通りのS字カーブを描いているわけではないが、2000年までが導入期、
成長期
に当たるだろう。
成熟期に当たるのが2001年の「愛のMelody」から2008年の「LIGHT IN YOUR
HEART/Swing!
」まで
、そして、低迷期と言われる「スピリット」(2009年)から
「涙のアトが消える頃」(2014年半ば)までは、こういう言い方はしたくないが、
製品ライフサイクル理論で言えば衰退期
ということになる。

そして、
V字回復の兆しが見えた201410月発売の
Sky's The Limit」以降現在に至るまでは新たな導入期、
そして、成長期に入ったと言えるだろう。



一度は衰退期を迎えたV62014年の「Sky's The Limit」から再び導入期・
成長期を迎えたことは、それぞれの時期の初週売上枚数の平均値を
見れば良くわかる。



上記の通り、見事なV字を描いている。

 

さて、21世紀にはいると、音楽を取り巻く市場環境が大きく変わりCD自体が売れなくなった。
20世紀の日本社会においては、「ヒット曲」は子供から大人まで多くの人に共通して親しまれる
曲を指し、たとえその歌い手に関心は無くても、誰もがサビのメロディーぐらいは聞いたことが
あるというのが当たり前だった。
つまり、ヒット曲とは社会全体における流行だったのだ。だから、特別そのアーティストのファン
というわけはなくても、曲が気に入れば多くの人がCD(その前の時代はレコード)を買ったのだ。

 

しかし、今世紀に入ってから状況は一変した。
社会全体に流行するヒット曲は生まれなくなり、そのアーティストのファン、
固定客だけがCDを購入する時代となったのだ。
つまり、CDが売れるか売れないかは固定ファンをどれだけ掴んでいるかに左右されることになった。
そうした観点から、低迷期である
2009年から2014年半ばまでに発売された9作品の売上実績を見て
みると非常に興味深い数値になっている。
下記のグラフのように、初週売上枚数で見ると作品ごとの売上に大きな
バラツキがないことが見て取れる。



言い換えれば、この時期、実績は6万枚弱ではあるものの安定的な売上を
確保していたということになる。
ビジネスにおいて、ある種類は大きく売れるが、全く売れない種類もあるという商品よりも、少量で
あっても確実に売れる方が収益を見込みやすい良い商品と評価される。
その意味では、
この時期のV6のシングルCDavexにとって「大ヒット」は望め
ないものの、確実に固定客を擁し安定的な売上が確保できる優良商品と
いう位置づけだった
と推測できる。
ゆえに、
6年間で9作という決して少なくはない作品が発売されるに至ったのだろう。

 

では、必ずCDを購入する固定客について、別の角度から分析してみたい。
先に述べた通り、21世紀に入って以降、CDの購入者が限定的になったことから、レコード業界では
顧客1人当たりの購入枚数を増やそうという試みがなされるようになった。
女性アイドルグループのイベント参加券封入などはその最たるものだ。

 

当然、V6CDも一人の顧客が同じ作品を複数枚購入するよう多形態展開が定番となっている。
多形態の詳細について確認できるのは、2003528日発売の「Darling」(5形態展開)からである。
ほとんどが初回盤A、初回盤B、通常盤の3形態だが、作品によっては4形態、5形態、さらには7形態
とさまざまなバリエーションが発売されている。
そこで、購入者数を推計するため、「Darling」以降の作品について初週売上の実枚数を形態数で割
った数値を算出してみた。

 

もちろん、CD購入者全員が全形態を購入するわけではなく、1形態だけ、2形態だけというような買
い方をするケースの方が多いかも知れない。
また、すべてのバージョンが同じ割合で売れたわけでもないだろう。
そのため、この売上枚数を形態数で割った数値が購入者の人数とイコールではないことは明白ではある。
しかし、それでもこのデータからは一定の傾向は読み取れる。



Sky's The Limit」以降、明らかに1形態当たりの概算売上枚数は「スピリット」
から「涙のアトが消える頃」の20,000枚前後から大きく伸びている
ことは明白だ。
そして、さらにはLIGHT IN YOUR HEART/Swing!」以前の水準をも上回って
いる
が見て取れる。
つまり、このデータからはV6の人気が回復しただけにとどまらず、以前よりファン
が増えていることが推察できるのである。

V字回復のお手本のような事例と言えるのではないだろうか。

1. V6がV字回復できたのははぜか?― ② デビューからの歩み

2018/05/27 6:24 に 足立管理者 が投稿   [ 2018/05/27 6:25 に更新しました ]

V6は今から23年前の1995年、『バレーボールワールドカップ』のイメージキャラクター
として結成され、同年11月1日に「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビューした。

メンバーは、
坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、
森田剛、三宅健、岡田准一
の6人。

いわゆるダンスボーカルユニットと言われるスタイルでのパフォーマンスを主としている。

それまでのジャニーズのグループはジュニア内のユニットとして活動していたグループ
がそのままデビューするというのが一般的だった。少年隊しかり、TOKIOしかり。
しかし、このV6はそれまでバラバラだったメンバーが寄せ集められて結成された異色
のグループである。

バレーボールワールドカップの大会や放送を盛り上げるキャラクターとしてのデビュー
であるため、大会期間中の試合中継には必ず出演する。そして、それ以外にも宣伝活
動として、イベントや彼らを主人公に起用したバレーボールがテーマのオリジナルドラマ
「Vの炎」の放送などが行われたことから、全国の多くの視聴者がこの6人をテレビで見
かけない日はないという日々が約1カ月間続いた。

こうして、お茶の間での知名度を一気に獲得したV6だが、当初は、メンバー内にもバレー
ボールワールドカップ期間中の限定ユニットなのではという認識だったという。
しかし、ジュニア歴も10年近く、すでに20歳を超えていた坂本、長野にとっては最後のチャ
ンスであり、彼らのなんとしても続けようという強い意思が活動継続につながったようだ。

所属レコード会社であるavex traxの莫大なプロモーション費用を考えると、期間限定を想定
していたとは思えないものの、ジャニーズ事務所としては結果次第という部分はあったのか
も知れない。

avex traxの派手なプロモーション、そして、当時はまだ多く存在していた歌謡番組への頻繁
な出演でデビュー曲「MUSIC FOR THE PEOPLE」は約53万枚を売り上げる。
このデビュー曲から4曲目の「TAKE ME HIGHER」まではユーロビート調の楽曲で、アクロ
ットを駆使した激しいダンスパフォーマンスが繰り広げられた。
しかし、当時の印象としては、歌は不安定、メンバー間のダンススキルのばらつきをアクロ
ットで補っているという感が強かったように感じる。

そんな彼らの一番最初の転機となったのが5曲目のシングル「愛なんだ」。
累計約58万枚と彼ら最大のヒットとなったこの曲は玉置浩二による親しみやすいメロディー
と松井五郎による優しい歌詞が特長で、今までのユーロビート曲とは一線を画した作品だ。
2015年に放送されたNHK「SONGS」において、彼ら自身が「ジャンルを広げてもらった曲」
「この曲で6人でグループをやっている自覚が高まった」というようなコメントを述べているが、
アイドルとしてのV6の方向性が定まったきっかけの一つだろう

この「愛なんだ」のヒットの直後に始まったのが、今や伝説の番組と言っても過言ではない
「学校へ行こう!」(TBS系)。V6のメンバーが主に中学生・高校生を応援するというスタンス
の番組で、初期の頃は「体当り戦士少年オカダ」などメンバーが体を張った挑戦をするコー
ナーも多々見られた。

「自らがチャレンジする姿を見せることで若者を応援する」
「視聴者の若者とともに成長するアイドル」。
それが、この時期に確立されたV6のポジショニングだった。

この頃は「学校へ行こう!」だけでなく、フジテレビ系で放送された「V6の素」などの冠番組
でも様々な挑戦をしている。
そして、歌う曲も「本気がいっぱい」「Be Yourself!」「over」「太陽のあたる
場所」など若者への等身大の人生応援ソングばかりだ。
シングルのタイトル曲だけで言えば、アイドルの定番であるラブソングは12作目の「Believe 
Your Smile」までない。

これは、この時期のV6というグループの大きな特徴の一つで、その後、
シングル曲のイメージは多少の多様性が生まれるものの、
「人生応援ソングを歌う、何かにチェレンジしているV6」
というイメージを貫く形での活動が続いた。

変化の兆しが見え始めたのは2005年、デビュー10周年ぐらいからだ。
この時点で、坂本34歳、最年少の岡田も24歳。
当時は世間において、アイドル=少年というイメージが強かった時代であり、彼ら自身自らの
身の振り方について迷った部分はあるだろう。それでも、テレビ番組での露出もあり、表面的
には大きな変化は見られなかった。

実際に大きな転機となったのは2008年の「学校へ行こう!」
(当時は「学校へ行こう!MAX」)の放送終了だ。
これに伴い、メンバーはそれぞれソロ活動でのタレントとしての自身のあり方を模索していった。
結果、後に6人ともがそれぞれの分野でスペシャリストとして評価されるに至るわけだが、
そちらに注力すればするほどグループとしてのカラーが不明確になっていった面も否めなかった。

リリースするシングルCD曲も不倫をテーマにした「GUILTY」、親父感全開の不道徳ソング
「Sexy.Honey.Bunny!」、QUEENの「ボヘミアンラプソディー」を意識したバラード、エレクトロ、
ラップ、ファンク、オペラといった曲調が展開される「kEEP oN.」など、よく言えば冒険的、
悪く言えば「V6らしくない」曲が続いた。
これらの曲の音楽性は高く、V6のパフォーマンスも素晴らしいことは言うまでもない。
しかし、繰り返しになるが、当時の感覚では「V6らしく」ないと感じられるものだった

年齢的な面でも歌う楽曲の内容においても「人生応援ソングを歌う、何かチャレンジして
いるV6」といイメージを感させなくなったのは、彼ら自身とスタッフが「大人のグループ」へ
の脱皮を目指し試行錯誤していたという一面はあるだろう。
そうした取り組み自体が当時のV6にとっては変わらぬ「チャレンジ」
だった
のだが、それに付いて行けないと感じたファンが私を含め少なからずいたのではないだろうか。

そのため、十数年に渡る活動の中でロイヤルティの高いファンは多数存在したものの、
目に見えてCDの売上は低下し、コンサートも毎年の開催から2年に1度に減ってしまった。
そして、そんな所謂低迷期は2009年から2014年までの約5年間にも及んだ。

人気が大きく回復したのは、先に述べた通り、2015年の20周年に伴う露出拡大がきっかけでは
あるが、実はその前年である2014年にその兆しは表れていた。
2014年10月に発売された44枚目のシングル「Sky's The Limit」が6年ぶりに10万枚以上
(累計)の売上を記録したのだ。

個人的な感想だが、この曲を初めて聴いた時、「久しぶりにV6らしい曲を聴いた」と感じた。
「限界なんてない」と高らかに歌うこの「Sky's The Limit」は、少し離れ気味だった既存ファン
にとってチャレンジしている姿を直接見せなくなっても、曲が人生応援ソングばかりではなく
なっても「V6はV6なのだ」と改めて感じるきっかけになったように思える。

若い頃のようにがむしゃらでなくても、バラエティ番組
で身体を張った挑戦をしなくても、彼らは陰で己と戦い、
技を磨く挑戦を続けて来たことを改めて認識できたのだ。

この時期、20周年に向けてどのように活動して行くかについては、事務所やレコード会社の
スタッフとともに時間を掛けて丁寧に話し合われたことだろう。メンバーもインタビューでこの
時期にグループについて見つめ直したと話している。

そうした積み重ねを経た結果、「可愛くて、でも、実は職人気質で歌も踊りも
超ハイレベルのプロ集団」という新たなポジショニングの確立につなが
る露出が実現したことは想像に難くない。

ただし、このポジショニング自体は狙って確立したものというよりも、今の彼らの等身大をより
魅力的に見える形で表現した結果付いてきたものであることは間違いないだろう。
逆を言うと、低迷期と言われる時期の模索や目に見えにくかったチャレン
ジが一気に花開き、新たな魅力として可視化されたのだと感じる。

そして、その売上が落ち込んでいた時期に撒かれた大復活に向けた大きな種の一つが
2011年に行われた「V6 live tour 2011 Sexy.Honey.Bunny!」である。

ここで初めて披露された楽曲「Supernova」のポールダンスを使った官能的な
パフォーマンスは今までとは全く違うV6の魅力を引き出したものと言える。
当時、多くのファンに「ポールが妊娠する!」と言わしめた代物だったが、「エロス」というのは
それまでのV6にはなかったキーワードだ。

つまり、表現者としての幅が一気に広がったことを端的に示すもののように思う。

現在のV6のステージは初期からのイメージに沿った元気で明るい応援ソングを歌ったか
と思えば、その直後に官能的なパフォーマンスを見せる。そして、微笑ましいラブソングを
可愛らしく歌い、次の瞬間、大人の人生を語るようなバラードを披露する。

こうした振り幅の広さ、作品の多様性こそが
「今」のV6の最大の魅力となっている。

1. V6がV字回復できたのはなぜか?ー①V字回復の理由

2018/05/20 5:17 に 足立管理者 が投稿   [ 2018/05/27 6:00 に更新しました ]

V字回復の理由

V6の人気が本格的に回復したのはデビュー20周年を迎えた2015年。その背景として、ベスト盤のCD発売、
コンサートツアーといった既存ファン向けの活動はもちろん、24時間テレビの司会を任されたことに伴うテレ
ビ出演の増加など、事務所、レコード会社がかなりの力を入れてさまざまな仕掛けを行い、メディアへの露
出が大きく増えたことは確かだ。

しかし、昨今、視聴者のタレントを見る目は厳しくなり、単に露出が多いだけでは人気に繋がらないことは
言うまでもない。

それでも露出増大をきっかけにV6の人気が回復したのはなぜか?


それは言うまでもなく、彼らの姿が視聴者の目に魅力的に映ったからに他ならないだろう。

結果、10代、20代といった若年層を含む若いファンを新たに取り込むことに成功したほか、少し距離を置
ていたかつてのファンも戻って来るという現象が起ったのだ。 

とはいえ、デビューから20年を経て、メンバーの平均年齢も約40歳という、いわば「おじさん」の集団
のどこが若年層を惹きつけ、売上向上につながったのだろうか。

 

そこには、アイドルとしての「立ち位置」の見直し、すなわちビジネス用語でいうと
ポジショニングの再設定が行われた
ことが大きいと感じる。

 

今、V6は、10代、20代という、トニセンからすれば自分たちの子供でもおかしくないような世代から「可愛
い」と評されている。

それは、彼らの穏やかな笑顔と6人の間に流れる和気藹々とした雰囲気によるところが大きい。

そして、極めつけはわちゃわちゃを超えるイチャイチャぶり!


アイドルのグラビア写真において、メンバー同士のスキンシップの多い状態を「わちゃわちゃしている」と言
うのだが、彼らは肩を組んだり、抱き合ったり、頬を寄せ合ったりとわちゃわちゃを超え、恋人同士のように
イチャイチャしている姿を見せている。


普通に考えたら、30代後半から40代半ばの男性同士が身体を密着させ、顔を近づけ合うというのはあまり
見映えの良いものではないはずだ。

しかし、V66人ならば、それが自然に映り、なおかつ微笑ましく感じられるという「不思議な光景」
生じている。

これは今の芸能界全体を見渡してもV6にしか表現できない世界観であり、それが
また若い女性たちを萌えさせているという状況だ。

 

そんな「可愛いおじさん」たちだが、歌い踊るとまた雰囲気がガラっと変わるのも大きな特徴だ。
長年に渡る
たゆまぬ努力と経験に裏打ちされた歌とダンス
は間違いなく超一流の腕前
であることは万人が認めるところだ。

 

そして、その姿からは大人の男の色気がふんだんに感じられるという。。。

 

普段の「可愛い」おじさんぶりしか知らない人が見たら、そのギャップに驚くことは間違いない。おそらく、20
年の際にバラエティ番組等で彼らを知った若い世代にとって、その姿はかなり衝撃的にとらえられたのでは

いだろうか。

 

このようなクォリティの高いパフォーマンスの背景には、見えないところでの血のにじむような努力があるのは
聞かなくてもわかることだ。彼らは声高に「頑張ってます!」とは決して言わない。やるべきことをやっているだ
けというスタンスでいながら、その頑張りは半端ではない。それが彼らの大きな魅力の一つなのだ。

 

陰で壮絶なほどの努力をしているだろうことは容易に想像できるが、その苦労を表には見せない。自分たちに
限界を設けず、あくなき挑戦を続けつつも、それは他者との競争ではなく今日の己を超えるためという。
そんな彼らを指して
「職人アイドル」と評する向きもあるが、言い得て妙である。

 

可愛くて、でも、実は職人気質で歌も踊りも超ハイレベルのプロ集団。
ファンは彼らを「奇跡のおじさんたち」と評するが、それこそがV620周年を機に
新たに確立したアイドルとしての新たな「立ち位置」すなわちポジショニングなのだ。

 

これが明確化され、さらには「商品価値」として新たなファン層に受け入れられたことがV6V字回復を遂
げられた一番の理由であろう。

 

「奇跡のおじさん」という言葉自体は岡田准一が30代後半になっても10代の頃とビジュアルが大きく変わらない
三宅健、40代半ばを過ぎても衰えを知らない坂本昌行、長野博を指して言ったもの。

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